世界文化遺産エリア内の教会見学は
【事前連絡】をお願いします。
※大浦天主堂の見学には、事前連絡は必要ありません。
※対象となる教会は、一覧表示に掲載の9つの教会です。

■事前連絡確認

教会見学に当たってのお願い

教会堂は「祈りの場」ですので、見学マナーを守り、厳粛な雰囲気の中で心静かにお過ごしください。教会行事(ミサ、葬儀等)により見学できない場合や、一度に多くの見学者を受け入れられない場合もあるため、見学を希望される際には【事前連絡】をお願いしています。
なお、大野教会堂については、外観のみの見学になります。
田平天主堂は、世界文化遺産に関連する重要な文化財として多くの皆様にご訪問いただいている現状を踏まえ、同様に事前連絡をお願いしています。

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産とは

東西建築技法の融合

長崎の教会群の多くは、西洋技法をもたらした西洋人神父の指導と日本人大工の伝統的技術が融合し、実に多様な様式と高い造形意匠が特徴です。また、内部装飾には長崎に多いツバキをもとにした模様を取り入れるなど地域特性があり、世界的に珍しい独特な建築物となっています。

歴史を追ってみると、江戸時代以前の教会は禁教で破壊されましたので、現存しません。現在の建物で最も古いのが、1864年に建てられた大浦天主堂です。これは、外国人用に造られ、何度か補修されましたが、内部の主要部分は創建当時の姿を保ち、国宝に指定されています。

1873年にキリシタン禁制の高札が撤去されると、カトリックに復帰した潜伏キリシタンにより、教会建築の気運が高まりました。主に木造平屋で、多くは老朽化等で失われましたが、旧五輪教会(浜脇教会を移転)、江袋教会、出津教会、そして大野教会が現存します。

1889年の大日本帝国憲法で信教の自由が認められ、信者も増加すると、レンガ造りの堂々とした教会が建てられます。宝亀教会が走りで、黒島教会と堂崎教会はフランス人神父の指導で立派な教会に仕上げっています。

この頃になると、日本人大工による設計も始まります。中でも、上五島出身の鉄川与助は、小学校を出て大工修業中にフランス人神父から西洋技法を取得し、27歳で鉄川組の棟梁として自立。1908年には野首教会、1910年に青砂ヶ浦教会、1917年に田平天主堂とレンガ造りの著名な教会を建設します。この他にも、木造では江上教会、珍しい石造りでは頭ヶ島天主堂、鉄筋コンクリートを取り入れたものでは1935年の﨑津教会など、バラエティに富んだ建築を次々と生み出しました。世界遺産エリア(12の構成資産)のうち、実に4教会を手掛けています。

こうした歴史の風雪に耐え、信仰と共に継承されてきた多様な教会を鑑賞してください。

キリスト教文化遺産群

~ 世界遺産 ~

大浦天主堂大浦天主堂(おおうらてんしゅどう)
大浦(おおうら)地区(長崎市)
外海の出津集落外海(そとめ)出津集落(しつしゅうらく)
外海(そとめ)地区(長崎市)
外海の大野集落外海(そとめ)大野集落(おおのしゅうらく)
外海(そとめ)地区(長崎市)
黒島の集落黒島(くろしま)集落(しゅうらく)
黒島(くろしま)地区(佐世保市)
平戸の聖地と集落平戸(ひらど)聖地(せいち)集落(しゅうらく)
春日集落(かすがしゅうらく)安満岳(やすまんだけ)
中江ノ島(なかえのしま)
平戸(ひらど)生月(いきつき)地区(平戸市)
野崎島の集落跡野崎島(のざきじま)集落跡(しゅうらくあと)
小値賀(おぢか)地区(小値賀町)
頭ヶ島の集落頭ヶ島(かしらがしま)集落(しゅうらく)
上五島(かみごとう)地区(新上五島町)
久賀島の集落久賀島(ひさかじま)集落(しゅうらく)
下五島(しもごとう)地区(五島市)
奈留島の江上集落奈留島(なるしま)江上集落(えがみしゅうらく)
(江上天主堂とその周辺)
下五島(しもごとう)地区(五島市)
原城跡原城跡(はらじょうあと)
南島原(みなみしまばら)地区(南島原市)
天草の﨑津集落天草(あまくさ)﨑津集落(さきつしゅうらく)
天草(あまくさ)地区(熊本県天草市)

田平天主堂田平天主堂(たびらてんしゅどう)
平戸(ひらど)生月(いきつき)地区(平戸市)
日野江城跡日野江城跡(ひのえじょうあと)
南島原(みなみしまばら)地区(南島原市)
堂崎教会堂堂崎教会堂(どうざききょうかいどう)
下五島(しもごとう)地区(五島市)
大村純忠終焉の居館跡大村純忠終焉(おおむらすみただしゅうえん)居館跡(きょかんあと)
大村(おおむら)地区(大村市)
雲仙地獄雲仙地獄(うんぜんじごく)
島原(しまばら)地区(雲仙市)

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