世界文化遺産エリア内の教会見学は
【事前連絡】をお願いします。
※大浦天主堂の見学には、事前連絡は必要ありません。
※対象となる教会は、一覧表示に掲載の9つの教会です。

■事前連絡確認

教会見学に当たってのお願い

教会堂は「祈りの場」ですので、見学マナーを守り、厳粛な雰囲気の中で心静かにお過ごしください。教会行事(ミサ、葬儀等)により見学できない場合や、一度に多くの見学者を受け入れられない場合もあるため、見学を希望される際には【事前連絡】をお願いしています。
なお、大野教会堂については、外観のみの見学になります。
田平天主堂は、世界文化遺産に関連する重要な文化財として多くの皆様にご訪問いただいている現状を踏まえ、同様に事前連絡をお願いしています。

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奈留島の江上集落

江上(えがみ)教会がある奈留(なる)島は、下五島の最も北に位置し、上五島の若松島に近い。1797年、五島藩の要請を受けて外海から農民移住が始まると、奈留島にも移住者が渡り、江上地区にも潜伏キリシタンの4家族が住み着いた。


1873年に禁教の高札が撤去されても、奈留島では潜伏時代の信仰を維持する「かくれキリシタン」が多かった。しかし、江上地区の4家族は1881年に全員がカトリックに復帰し、1906年頃には簡素な教会を建てた。

現在の江上教会が建設されたのは1918年である。当時の信者は40~50戸だったが、キビナゴ漁で建設資金を貯め、教会用地は自分達で山を切り崩して造成した。設計施工は鉄川与助で、クリーム色の板張り壁に水色の窓枠がはめられ、背後の森林とのコントラストが美しい。内部はリブ・ヴォールト天井で、柱には木目模様を手描きし、ステンドグラスの代わりに透明ガラスに花を描くなど、信者の献身的な作業がしのばれる。大正時代には鉄筋コンクリートが主流になっていく中、小規模ながら日本の代表的な木造教会として、2008年に国の重要文化財に指定された。

江上(えがみ)教会がある奈留(なる)島は、下五島の最も北に位置し、上五島の若松島が近い。かつて五島は、青方氏など地場の有力者が各地を支配しており、奈留島は奈留氏が統治していた。しかし、宇久島の宇久氏が勢力を強めて福江島に居を移し、1413年には五島全域の有力者を家臣とする。宇久純玄(うくすみはる)は1592年の文禄の役(※1)のころに五島氏を名乗り、江戸時代には五島(福江)藩となった。


五島のキリスト教は、1566年に宇久純定(すみさだ)がアルメイダ修道士らを招いたことから布教が始まり、純定の子・純尭(すみたか)が洗礼を受ける。その後、福江島を中心に信者が増え、久賀(ひさか)島や上五島にも信者が多かったことから、奈留島にも広がったと考えられるが、明確な記録はない。江戸幕府が1614年に禁教令を出すと、藩主の五島盛利(もりとし)もこれに従い、密かに入島した宣教師を捕縛し、殉教する信者も出た。1628年にはキリシタンの入島を禁じる高札を家老名で設置し、後には宗門改めを徹底するなど禁教が強化され、キリシタンは途絶えたとされる。


その後、1797年に福江(五島)藩の要請により大村藩からの移住が始まると、奈留島の葛(かずら)島にも移住者が定着した。奈留島の北西部にある江上地区でも、外海から住みついた潜伏キリシタンの4家族が、現在の江上教会信者の祖先とされている。

1873年にキリシタン禁制の高札が撤去されても、奈留島では潜伏時代の信仰形態を維持する「かくれキリシタン」が多かったが、葛島地区はカトリックに復帰し、教会が建てられた。江上地区も、上五島を担当するブーレル神父によって1881年に4家族全員が洗礼を受け、葛島教会から巡回してくる神父によって信者の家(※2)でミサが捧げられた。時には、信者が遠命寺峠を越えて夏井まで歩き、そこから櫓こぎ舟で葛島教会や上五島の有福(ありふく)教会にミサを受けに通ったという。

江上地区に教会が建てられたのは1906年頃とされる。これは簡素なものであったため、島田神父の時代、1918年に現在の江上教会が建設された。当時の江上の信者は40~50戸(190人)だったが、近くの大串地区と共同で行っていたキビナゴの地引網が大漁であったため、建設資金は自力で調達し、教会用地は自分達で山を切り崩して造成した。設計施工は鉄川与助で、彼が手がけた木造教会の中でも最高峰と評価されている。外観はクリーム色の板張り壁に水色の窓枠がはめられ、背後のうっそうとした森林とのコントラストが美しい。内部はリブ・ヴォールト天井であるが、柱には木目模様を手描きし、ステンドグラスの代わりに透明ガラスに花を描くなど、信者の献身的な作業がしのばれ、柔らかな雰囲気につつまれている。大正時代にはコンクリート造りが主流になっていく中、小規模ながら日本の代表的な木造教会として、2008年に国の重要文化財に指定された。

なお、急激な過疎化により、江上地区の人口は1965年の129人(奈留島全体7,600人)から2005年には19人(3367人)にまで減少。かつては教会の横に小学校があったが、過疎化で廃校となっている。また、奈留地区で初めてできた葛島教会は、1973年に島民が全て移転し閉鎖された。


(※1)秀吉の朝鮮出兵
(※2)家御堂

 

住所 五島市奈留町大串1131-2
ミサの時間 <ミサ> 第3日曜 14:30~16:00
<休館> 月曜(祝日の場合は翌日)
見学受付時間

7月1日(日)から見学が再開されました。
9:00~12:00/13:00~16:00 教会守駐在

・見学をご希望の場合は、当センターへ事前連絡をお願いします。
http://kyoukaigun.jp/reserve/list.php

・ミサ・葬儀等の教会行事の際には、見学できません。

・定例ミサ等の時間は、上記の「ミサの時間」でご確認ください。

・葬儀等の場合は、トップページのトピックスにてお知らせします。
http://kyoukaigun.jp/news/detail.php?id=39

※教会敷地には見学者用のトイレはありません。近隣駐車場等のトイレをご利用ください。周辺散策マップにてご確認をお願いいたします。 

交通アクセス

【アクセス参考図】

・ページ左側の青ボタン(PDF)

周辺散策マップ

・ページ左側の緑ボタン(PDF)

この資産へのアクセス、周辺散策の参考としてご利用ください。

江上天主堂の正面
江上天主堂の正面
江上天主堂の近景
江上天主堂の近景
江神漁港の港内
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