世界遺産候補エリア内の教会見学は
【事前連絡】をお願いします。
※大浦天主堂の見学には、事前連絡は必要ありません。

■事前連絡番号

教会見学に当たってのお願い

教会堂は「祈りの場」ですので、見学マナーを守り、厳粛な雰囲気の中で心静かにお過ごしください。
また、教会行事(ミサ、葬儀等)により見学できない場合や、一度に多くの見学者を受け入れられない場合もあるため、見学を希望される際には【事前連絡】をお願いしています。なお、田平天主堂は、世界遺産候補エリア内の教会堂ではありませんが、世界遺産候補に関連する重要な文化財として、多くの皆様にご訪問いただいている現状を踏まえて、同様に事前連絡をお願いしています。

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黒島の集落

黒島は、佐世保の名勝・九十九島のひとつ。江戸時代後期、平戸藩が入植を認めると外海や生月(いきつき)島の潜伏キリシタンが多く移住した。1865年3月、長崎の大浦天主堂で「信徒発見」がなされると、その2ヵ月後には早くも黒島から20人が大浦天主堂を訪ねて信仰を打ち明けた。当時はまだ禁教が解けていなかったので様々な迫害があったが、島内信者全員約600人はカトリックに復帰した。


当初は信者の家を御堂にしていたが、1878年に木造の教会ができた。1897年に着任したマルマン神父は、本格的な教会を建設することを伝え、自らペンをとって設計する。信者もこれに応え、資金供出と献身的な労力奉仕により、1902年にレンガ造りの堂々たる教会が完成した。この島特産の御影石が多く使われ、祭壇の下には1,800枚の有田焼磁器タイルが敷き詰められている。その後、マルマン神父は1912年に没するまで黒島で過ごした。


ロマネスク様式の構成、内部のリブ・ヴォールト天井は完成の域に達したと評価されており、1998年に国の重要文化財に指定された。

黒島は、佐世保の名勝である九十九島のひとつで、最大の島である。12世紀頃から平戸松浦氏が支配し、江戸時代になると平戸藩は1690年に藩の牧場を拓いた。1789年に牧場を廃して入植を許可すると、文化文政期(1804年~)頃に移住が多くなる。移住者は針尾(はりお)島からの仏教徒もいたが、大半は外海や生月(いきつき)島の潜伏キリシタンで、興禅寺を旦那寺として信仰を続けた。現在も古里・本村地区以外には仏教徒は少なく、全島民の8割近くがキリスト教徒とされる。

1865年3月の信徒発見から2ヵ月後、黒島から潜伏キリシタンの役職者(水方)を代々務める出口家の吉太夫とその子・大吉ら20名が大浦天主堂にプティジャン神父を訪ね、600人の信者がいることを告げた。その後、大浦天主堂に出向いて洗礼を受ける人もいたが、禁教下であったため、捕まって平戸の牢に1年も入れられ、脱走して各地の島を転々とする者もいるなど、さまざまな迫害に苦しめられた。しかし、比較的早い時期に全員がカトリックに復帰する。当時は宣教師が居留地から出ることを許されていなかったため、神父に代わって出口大吉らが島内の信者に洗礼を授けた。1872年になるとポワリエ神父やシャトロン神父が密かに黒島を訪れるようになり、出口家など2ヵ所の家御堂でミサを行った。初めてミサが行われた出口宅跡には「信仰復活之地」の碑が建てられている。

1878年にペリュー神父が平戸・紐差(ひもさし)教会に赴任すると黒島はその巡回地となり、同年に木造の黒島教会ができた。1897年にマルマン神父が黒島教会に着任すると、「自分が黒島に来たのは教会建築のためである」旨を伝え、下五島・堂崎教会等を建設した経験を活かし、自らペンと定規を執って新教会を設計する。信者もこれに応え、資金供出と献身的な労力奉仕により、堂々たる教会が1902年に完成する。大工は、長崎の前山佐吉が棟梁を努め、宇久島出身の柄本庄市らが当った(※1)。基礎等には、多くの石工職人を育てた藤山芳太郎により、黒島特産の「黒島みかげ」(※2)が使われている。40万個とされるレンガは、島内の3ヵ所で焼いたが火力が弱いため良質なものにならず、ほとんどは島外から買い入れて近くの名切の浜から信者が担ぎ上げた。祭壇の下に敷かれた1,800枚のタイルは、松尾徳助が日本で初めて工場で生産した有田焼の磁器タイルで、大量の現物が現存している例は他にないとされる。また、ステンドグラスや鐘、聖像などは外国から取寄せた。マルマン神父は、一時フランスに帰ったが、1912年に没するまで黒島で過ごし、島のカトリック共同墓地に眠っている。


その後、1970年に司祭館を建て直し、1982年には教会の外壁レンガや屋根、床等の改修を行った。また当初の板床(※3)は、高齢者が増えたことから、1991年に椅子式に改めている。


明治期のレンガ造の教会としては規模が大きく、外観意匠はロマネスク様式の簡素な構成、リブ・ヴォールトの内部空間は完成の域に達したとされる。その後、周辺の教会建築に与えた影響は大きく、1998年に国の重要文化財に指定された。


(※1)柄本は黒島の女性と結婚し、平戸・宝亀(ほうき)教会や旧紐差教会等の建築にも従事
(※2)独特の風合いの御影石
(※3)冬は畳

住所 長崎県佐世保市黒島町3333
ミサの時間 <ミサ(準備を含む)>
・月~土 6:00~ 7:00
・日曜のみ①7:00~8:00(4月頃~10月頃迄)
②8:00~9:00(11月頃~3月頃迄)
<教会学校>
・木曜のみ 15:30~16:30
見学受付時間

9:00~16:00/教会守(地元信者の方)が対応


・見学をご希望の場合は、当センターへ事前連絡をお願いします。
http://kyoukaigun.jp/reserve/list.php

・ミサ・葬儀等の教会行事の際には、見学できません。

・定例ミサ等の時間は、上記の「ミサの時間」でご確認ください。

・葬儀等の場合は、トップページのトピックスにてお知らせします。
http://kyoukaigun.jp/news/detail.php?id=39

交通アクセス

【アクセス参考図】

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周辺散策マップ

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この資産へのアクセス、周辺散策の参考としてご利用ください。

黒島天主堂の近景
黒島天主堂の近景
黒島天主堂の正面
黒島天主堂の正面
黒島天主堂の遠景
黒島天主堂の遠景

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