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長崎のキリスト教の歴史
長崎を中心としたキリスト教年表
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1492 | コロンブス、新大陸発見 | ||
1498 | バスコ・ダ・ガマ、インド航路開拓 | ||
1517 | マルチン・ルター、宗教改革(プロテスタントの源流) | ||
1534 | イギリス国教会が設立される ロヨラ、ザビエルらが、カトリック宣教を推進するイエズス会を設立する |
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1543 | ポルトガル人、種子島で鉄砲を伝える | ||
1549 | フランシスコ・ザビエル、鹿児島に上陸 | ||
1550 | ザビエル、平戸で布教開始 | ||
1552 | ザビエル、インドのゴアに到着(同年、中国南部のサンショアン島で死去) | ||
1558 | 平戸松浦氏、仏教勢力の要請で宣教師ヴィレラを平戸から追放 | ||
1561 | 平戸「宮の前事件」でポルトガル商人死傷 | ||
1562 | ポルトガル船、平戸から横瀬浦港(大村領)に移る | ||
1563 | 大村純忠、洗礼を受ける 横瀬浦が焼き討ちに合い、ポルトガル船は平戸に移る |
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1565 | ポルトガル船、福田港(大村領)に移る | ||
1567 | ポルトガル船、島原・口之津に入港 五島を支配する宇久純尭が洗礼を受ける |
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1568 | オランダ、スペインからの独立戦争(80年戦争)を始める | ||
1569 | 織田信長、フロイスに京都での布教を許す | ||
長崎初の教会(トードス・オス・サントス)建設 | |||
1570 | 大村純忠とイエズス会が長崎港開港協定 | ||
1571 | ポルトガル船、長崎に初めて入港(長崎に6町が造られる) 天草鎮尚とその子久種が洗礼を受ける |
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1573 | 足利義昭が織田信長に敗れ、室町幕府が滅亡する |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1576 | 織田信長、安土城を築く | ||
1578 | 大友宗麟、洗礼を受ける | ||
1579 | イエズス会巡察使ヴァリニヤーノ、口之津(島原)来航 | ||
1580 | 安土にセミナリヨが開設される | ||
1580 | 大村純忠、長崎と茂木をイエズス会に寄進 有馬晴信、洗礼を受け、日野江城下にセミナリヨを開設 |
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1582 | 織田信長、本能寺の変で死没する | ||
1582 | 天正遣欧使節、長崎を出発(1584年、ローマ教皇謁見) | ||
1584 | 有馬晴信、浦上村をイエズス会に寄進 | ||
1585 | 豊臣秀吉、関白になる | ||
1587 | 豊臣秀吉、島津氏を降伏させ、九州を平定する その後、博多で伴天連追放令を発布する |
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1587 | 大村純忠、死没 | ||
1588 | アルマダの海戦でイギリスがスペイン無敵艦隊に勝利する | ||
1588 | 豊臣秀吉、長崎・茂木・浦上を直轄地にする | ||
1590 | 天正遣欧使節、帰国(活版印刷機を持ち帰る) | ||
1591 | 天正遣欧使節、豊臣秀吉に謁見 | ||
1591 | 有馬のコレジヨを天草に移転して「天草学林」を開く | ||
1592 | 文禄の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)が始まる | ||
1596 | サン・フェリペ号事件が起きる | ||
1597 | 慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)が始まる | ||
1597 | 日本二十六聖人、長崎・西坂の丘で殉教 | ||
1598 | 豊臣秀吉、死没する | ||
1600 | イギリス東インド会社が設立される オランダ商船リーフデ号、豊後(大分)に漂着(日蘭交流の開始) |
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1600 | 徳川家康、関ヶ原の戦いで勝利し、実権を握る | ||
1601 | 日本人初の司祭誕生(ルイス・ニアバラ、セバスチャン・キムラ) 日本最大の「被昇天のサンタ・マリア教会」が建てられる |
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1602 | オランダ東インド会社が設立される |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1603 | 徳川家康、徳川幕府を開く | ||
1605 | 長崎、徳川幕府の天領となる | ||
1606 | 大村喜前(純忠の子)、棄教し領内の宣教師らを追放 | ||
1609 | ガスパル西玄可、平戸・生月島で殉教 オランダ東インド会社、平戸にオランダ商館を設置する |
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1610 | 有馬晴信、長崎港でポルトガル船を撃沈(マードレ・デ・デウス号事件) | ||
1612 | 有馬晴信、岡本大八事件で斬首される | ||
1612 | 長崎をはじめ、天領に禁教令 | ||
1613 | 伊達政宗、慶長遣欧使節をローマに派遣 | ||
1613 | イギリス東インド会社、平戸にイギリス商館を設置する | ||
1614 | 全国に禁教令 | ||
1614 | 長崎の教会のほとんどが破壊される 宣教師らがマニラやマカオに追放される |
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1615 | 大阪夏の陣で豊臣家滅亡 | ||
1622 | 元和の大殉教 平戸・中江ノ島で殉教が始まる(~1624年) |
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1627 | 雲仙地獄で拷問始まる | ||
1628 | このころ、長崎と周辺で絵踏みが始まる | ||
1633 | 鎖国令(老中の奉書持参の船以外の海外渡航禁止など) | ||
1633 | 中浦ジュリアン、西坂で殉教 | ||
1634 | 出島の築造に着手 | ||
1635 | 鎖国令(オランダや中国船等の入港を長崎に限定するなど) | ||
1636 | 鎖国令(ポルトガル人との混血児・日本人母親を国外追放など) | ||
1636 | 出島が完成し、ポルトガル人を収容する | ||
1637 | 島原の乱が始まる(一揆勢、原城跡に籠城) | ||
1638 | 島原の乱が鎮圧される | ||
1639 | 鎖国令(ポルトガル船の来航を禁止) | ||
1641 | 鎖国の完成 | ||
1641 | オランダ商館を平戸から長崎出島に移す | ||
1644 | 国内最後の神父(小西マンショ)が殉教 | ||
1653 | パリ外国宣教会が設立される | ||
1657 | 大村で郡崩れが起きる | ||
1790 | 浦上一番崩れが起きる | ||
1797 | 五島藩の要請で大村領から108人が五島に渡る(この前後から、約3千人が五島に渡り、各地に潜伏キリシタン集落ができる) | ||
1805 | 天草崩れが起きる | ||
1839 | 浦上二番崩れが起きる | ||
1844 | パリ外国宣教会のフォルカード神父が琉球に上陸(1846年まで) | ||
1846 | 教皇庁がフォルカード神父を初代日本代牧区長(教区長)に任命(ただし入国はできず) | ||
1853 | ペリーが来航する | ||
1854 | 日米和親条約が締結される | ||
1856 | 日蘭和親条約が締結される | ||
1856 | 浦上三番崩れが起きる | ||
1858 | 日本、欧米主要国と修好通商条約を締結する(外国人居留地の設置が決まる。居留地在住外国人の信教の自由と居留地における教会建設が認められる) | ||
1858 | 長崎奉行、絵踏みを廃止 | ||
1859 | 神奈川・長崎・箱館(函館)を開港する(外国人居留地が設置される) (長崎では大浦一帯を中心に居留地が造営される) |
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1859 | アメリカ監督教会の宣教師リギンズとウィリアムズが長崎に来る アメリカ・オランダ改革派教会の宣教師フルベッキが長崎に来る |
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1862 | パリ外国宣教会のジラール神父、横浜にカトリックの教会を建設する | ||
1862 | 長崎に日本初のプロテスタント教会が建つ | ||
1863 | パリ外国宣教会のヒューレ神父とプチジャン神父が長崎に来る | ||
1865 | 大浦の外国人居留地に大浦天主堂が完成、そこで「信徒発見」が起きる |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1868 | 明治政府樹立 | ||
1867 | 浦上四番崩れが起きる | ||
1868 | 浦上四番崩れで第一次流配が起きる 五島崩れが起きる |
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1869 | 浦上四番崩れで第二次流配が起きる | ||
1871 | 岩倉使節、欧米を訪問 | ||
1872 | 米国大統領、岩倉使節に禁教令解除を勧告 | ||
1873 | キリシタン禁制の高札撤去 | ||
1873 | 浦上四番崩れの流配者が釈放され、帰還する | ||
1876 | 教皇庁が日本の教会を北緯代牧区と南緯代牧区とに分ける(長崎・天草は南緯代牧区の管轄) | ||
1881 | 旧五輪教会が、浜脇教会として建てられる(1931年に移築) | ||
1882 | 現在の出津教会が建てられる | ||
1888 | 中緯代牧区が設定され、日本の教会は北緯・中緯・南緯の3つの代牧区に分けられる(長崎・天草は南緯代牧区の管轄) | ||
1889 | 大日本帝国憲法に信教の自由が明文化される | ||
1890 | 長崎(大浦)で信徒発見25周年が祝われる 信徒発見25周年に合わせて長崎で日本カトリック教会最初の教会会議が開催される(朝鮮カトリック教会と合同で) |
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1891 | 教皇庁が日本の教会を東京・函館・大阪・長崎の4つの教区に分ける(天草は長崎教区の管轄) | ||
1893 | 大野教会が建てられる | ||
1902 | 現在の黒島教会が建てられる | ||
1908 | 野首教会完成(1971年、集団離村で廃堂になる) | ||
1927 | 早坂久之助神父が日本人として初めて司教に任ぜられ、教区長として長崎教区(管轄区域は現在の長崎県)に赴任する(天草は福岡教区の管轄になる) |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1918 | 現在の田平教会が建てられる 現在の江上教会が建てられる |
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1919 | 現在の頭ヶ島教会が建てられる |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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1930 | コルベが長崎に来る(翌年、聖母の騎士修道院を設立) | ||
1933 | 大浦天主堂が国宝に指定される | ||
1934 | 現在の﨑津教会が建てられる | ||
1939 | 第二次世界大戦が起きる(1945年、終戦) | ||
1945 | 長崎原爆で浦上教会が倒壊(1959年、再建) | ||
1946 | 日本国憲法が公布される | ||
1953 | 大浦天主堂、戦後新法下において改めて国宝に指定される | ||
1962 | 日本二十六聖人記念館と記念碑が造られる | ||
1981 | ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が長崎を訪問 |
西暦 | 世界 | 日本 | 長崎・天草 |
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2007 | 長崎の教会群等がユネスコの世界文化遺産候補になる | ||
2008 | 日本人殉教者188人を福者にする列福式が長崎で開催 | ||
2015 | 信徒発見150周年(3月17日) | 長崎の教会群の推薦書(正式版)をユネスコに提出 | |
2016 | 推薦書を取り下げ、イコモスのアドバイスを基に推薦書を見直し | ||
2017 | 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」とタイトルを変更し、推薦書(正式版)をユネスコに提出 | ||
2018 | ユネスコ世界遺産委員会で世界文化遺産登録が決定 |