天草の﨑津集落
﨑津は、天草諸島の下島の南部に位置する漁村で、土地が狭いため海上に柱を立てたカケ(作業場)や、密集した民家の間にトウヤ(※)が発達する。隣の今富集落とともに、2012年に「天草市﨑津・今富の文化的景観」として国の重要文化的景観に指定され、このうち「天草の﨑津集落」が世界遺産となっている。
戦国時代、領主の天草氏は1566年に布教を許し、教会が建てられた。その後、キリシタン大名・小西行長が肥後南部を支配すると、天草氏は配下になり、秀吉の伴天連追放令後も宣教師を庇護した。禁教後、この地の潜伏キリシタンは島原天草の乱には加わらず、信仰を続ける。1805年、﨑津周辺で5,000人以上が摘発される「天草崩れ」が発生するが、「心得違いをしていた」とみなされて放免された。
1873年に信教の自由が黙認されると、カトリックへの復帰が始まる。現在の教会は1934年頃、ハルブ神父の時代に鉄川与助が設計施工した。木造で、正面の尖塔部分は鉄筋コンクリート、内部は畳敷きで祭壇はかつて絵踏みが行われていた位置に当る。背後の海に溶け込み「海の天主堂」とも呼ばれている。
(※)細い通路
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天草の潜伏キリシタンの集落として知られる﨑津や大江は、天草諸島で最も大きい下島の南西部(下天草)に位置する。東シナ海から深く入り込む羊角湾の入口に当る天然の良港で、古くから遣唐使船や朝鮮船の漂着があるなどアジア諸国との交流が深い地であった。農地は少なく、生業は漁業で、江戸時代は代官所が漁に出ることを許した水夫「荷子(かこ)」が集う「定浦」のひとつであった。土地が狭いため、シュロの木を柱にして陸地から海に突き出したカケ(※1)が多く見られる。また、密集した民家の隙間を通って海やカケに出るため、トウヤ(※2)が発達し、特異な漁村景観を形作っている。
﨑津から内陸に入ったところに今富がある。ここは農業主体の集落で、﨑津からメゴイナイと呼ばれる行商が雑漁を売りに来る一方、今富から米や野菜を供給、また漁船の労働力を提供するという相互依存関係にあった。この異なる生業を持つ2集落によって一体的に形成される「天草市﨑津・今富の文化的景観」は、2012年に国の重要文化的景観に選定された。このうち、「天草の﨑津集落」が世界遺産とされている。
﨑津地区が属する河内浦では、下天草を支配する天草氏が南蛮貿易を狙い、1566年にアルメイダ修道士らを受入れ、同年には﨑津に教会が建てられる。1571年には、ガブラル神父により、領主の天草鎮尚(ミゲル)とその子・久種(ジョアン)が洗礼を受けて領内にキリストが広がり、1592年には15,000人もの信者がいたとされる。その後、キリシタン大名として知られる肥後国の小西行長が支配すると、天草氏らは反乱「天草合戦」を起こすが平定され、後に和解して従うようになり、キリスト教が根付いた。豊臣秀吉の伴天連(ばてれん)追放令後も、天草氏は宣教師らを庇護し、人目につきやすい有馬領からコレジヨ(※3)やノヴイシアド(※4)が天草に移転した。コレジヨは「天草学林」とも言われ、天正遣欧使節が持ち帰ったグーテンベルク印刷機で、教理本や日本・ポルトガル辞書、源氏物語などの「天草本」が印刷された。
その後禁教の時代を迎え、一部の信者は潜伏キリシタンになる。島原天草の乱後、一揆に関連した者は根絶やしにされたが、乱に加わらなかった下天草のキリシタンは潜伏信仰を続けた。ところが1805年に「天草崩れ」が発生、﨑津、大江、今富村など10,000人余のうちの半数5,200人がキリシタンであると判明する。あまりの多さに厳重な処罰はかえって難しく、「心得違いをしていたが改心した」とみなして放免したため、多くは信仰を捨てなかった。
明治時代に入り、1873年2月、キリシタン禁制の高札が撤去されると、4月には長崎・神ノ島の伝道士が天草・大江村に入り、カトリックへの復帰が始まる。﨑津村では1876年に多くがカトリックに改宗し、1882年にフェリエ神父が着任、1885年には教会が建てられた。明治中期には﨑津村600戸のうち550戸がキリスト教徒であったとされる。現在の教会は1934年頃、ハルブ神父の時代に鉄川与助が設計・施工した。基本的には木造であるが、正面にそびえる尖塔部分等は鉄筋コンクリート造り、内部は珍しい畳敷きで、祭壇はかつて絵踏みが行われていた位置に当る。海をバックに集落の中心に建つこの教会は「海の天主堂」とも呼ばれている。
(※1)作業施設
(※2)細い通路
(※3)高等神学校
(※4)修練院
住所 | 熊本県天草市河浦町﨑津539(﨑津教会) |
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ミサの時間 | <ミサ> 主日ミサ 日曜7:30~ 平日ミサ 金・土曜6:30~ 第1金曜のみ18:30~ |
見学受付時間 | 09:00~12:00/13:00~17:00
・見学をご希望の場合は、九州産交ツーリズム株式会社 旅行センターへご連絡ください。 |
交通アクセス | 当ページ内「アクセス参考図はこちら」のPDFで一覧にしています。
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